第27回 写真『ひとつぼ展』審査会レポート
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第27回写真『ひとつぼ展』
公開二次審査会 REPORT
写真に託した「母への手紙」が
過去と未来を貫き、グランプリを獲得
■日時 2006年10月12日(金)18:00〜20:30
■会場 リクルートGINZA7ビル セミナールーム
■審査員
大迫修三(クリエイションギャラリーG8)
〈50音順・敬称略〉
■出品者
〈50音順・敬称略〉
■会期 2006年10月10日(火)〜10月26日(木)
「みんなプレゼンが上手」「まとまり過ぎている」
十人十様の写真によって、それぞれのひと坪スペースが埋まっているガーディアン・ガーデンの展示スペース。作品を一つ一つ丁寧にチェックする5名の審査員。緊張した顔で時々質問に答えながらそれを見守る10人の出品者。一年後の個展開催の権利がかかるグランプリを決める第27回写真『ひとつぼ展』の審査がはじまった。「展示はむずかしいなあ、おもしろいけど」と審査員の飯沢さんが言いながら、公開二次審査会場に入っていく。一般見学者が待つ会場に各出品者と審査員が揃って、いよいよ公開審査会がスタートする。出品者のプレゼンテーションの概略は以下の通り。
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林田
「彼への手紙」をプレゼンテーションとしたい。彼が住む外国を訪れてから、数カ月が経つ。彼がどんな場所で生まれ育ったのか、知りたくなり衝動的に飛行機の切符を購入した。そこは木が生い茂り、冬にはマイナス30度になる場所。自分にとっては非現実的なところだった。
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亀
家系図を顔写真で作ろうと思った。それは、私が幼い頃に亡くなった母の死を考え、問いかける作業だった。葬儀の日の記憶……家には誰もいなくて奥で弟が泣いていた……出棺の時「もう会えないんだよ」と言われた……嫌だ嫌だと泣いた……叔母が強く抱きしめてくれた……気がする。
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奥山
子供の頃に感じた「恐れ」や「危うさ」を写真で表現したいと思った。箱庭を作るように模型を製作して記憶の断片からイメージを創り出した。それは自分の原点を創り出すことでもあった。「見る」というより、その場に「立つ」「遊ぶ」という感覚で写真を見てほしい。
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古川
常に自分がドキドキするものを探している。被写体と自分の間にいつも新鮮な関係を保っていたい。私にとってカメラを向けることは、スナイパーが標的を狙い撃ちするような感覚と同じ。個展では、力と力がせめぎ合いドクドクと脈打つような写真で力強い空間を作りたい。
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山崎
自分が写真を撮っているときは「撮らせてもらっている」「ありがとう」という感覚がある。そんな母なるもの、やさしいイメージを、写真を見る人と共有できたらいいと思う。障子の展示は、自分の原点である子供時代のあたたかな気持ちを出したくて、実家から持ってきた。
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仲宗根
沖縄に長い間住んでいて、基地への抵抗に疑問を持っていた。抵抗のカタチには一人一人違ったカタチがある。「基地のゲート前に立つ」ということで抵抗する人を見て、そう思った。自分は写真を撮ることで抵抗してみよう。抵抗することを妄想する妄想劇場として展示した。
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目良
シンプルにモノをモノとして見て、写すことで、自分ならではの視点で写真を撮っていきたい。できるだけ情緒を排除して、客観的にモノを捉えた。「atom」というタイトルには、モノの基本となる原子という意味を込めた。科学的な響きもほしくてこのタイトルにした。
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かんの
都市は大きな光の塊のよう。遠くから覗いたら、まるで宇宙のような空間に見えるでしょう。そんな大きな球体の中の世界を、小型デジタルカメラで撮った写真で表現したいと思った。個展では、都市をアイコン化する写真を数多く展示してスペースを埋め尽くしたい。
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正岡
今回展示した作品は、2年半前から撮り続けている写真。私の心の中にちょろちょろと流れる水。それは孤独や心の傷であり、いつまでも乾かない。今を生きているって楽しい。個展では、これにプラスして約80点を展示したい。それは、私の写真表現の次のプロローグでもある。
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阪本
人はみんな天竺をめざして生きていると思っている。天竺とは、人生の目標という意味。自分にとって、そこへ行くための手段は写真。一歩一歩進むように、天竺をめざして撮り続けたい。いろんな写真を友だちに見せるような感覚で、テーマもなくランダムに展示した。
出品者全員のプレゼンテーションが終わり、審査員からは「うーん、難しいねー」という声が聞こえる。そこで、大迫さんが「プレゼンテーションはみんな上手だったね。では、ここで全体の印象について聞かせてください」と進行。飯沢さんは、この『ひとつぼ展』がはじまって15年、感慨深いものがある。今回は、まず展示でみんなよく考えていた。一人一人のプレゼンテーションも、しっかり伝わるものが多かった」と満足そうに語る。鈴木さんは「写真と本人がくっついている表現が多かった。全体的におもしろかったので、誰を選ぼうか悩んでいる」とまだ絞りきれていない様子。藤本さんは「本人のプレゼンテーションを聞くと、写真の見方が変わってくる。おもしろかった」と『ひとつぼ展』ならではのユニークな審査方法に触れる。石内さんは「みんなまとまり過ぎている、というのが第一印象。真面目過ぎる」と写真表現に踏み込んだ感想を語る。今回の出品者は10人中、女性が7人を占めていた。
「泣きそうになった」「一生に一度しかできない表現」
続いて出品者一人一人について意見交換をしながらグランプリを絞りこんでいく。
全体評に引き続いて一人一人に対する意見交換が行われた。
まずは林田さんの作品について。飯沢さんが「ポートフォリオも含めて、この人が抜けている。やっていることすべて、地に足がついている」とベタ褒めすると、藤本さんも「理屈抜きに好きな写真。ぜひ推したい」とほぼ同じ意見。石内さんは「完成度が高い写真。しかし、ちょっと出来過ぎかなとも思う」と苦笑い。鈴木さんも「すごく完成している。愛しい人を探す感覚が良かった」と共感。大迫さんも「写真の質感が良かった」と続ける。
次に亀さんの作品について。
藤本さんが「最初はピンとこなかったが、本人の話を聞いて物語性を感じた」と言えば、「私のイチ押しです」と石内さん「すごくプライベートなものを映像化する作業だが、写真のクオリティも良かった」と評価する。「泣きそうになった」とは鈴木さん「大きなテーマで気持ちが揺れた」と感動した様子。大迫さんも「テーマを読み取ることで写真が良くわかった」と共感する。飯沢さんは「一生に一度しかできない表現。それに言葉の力が強い。プレゼンテーションも素晴らしかった」と評価するも「ただ……難しい作品だなあ」とグランプリ候補には疑問符。
そして奥山さんの作品について。
「被写体を自分で作り、それを写真に撮るというアメリカ的なスタイルがおもしろいと思う。しかし、今後どんな方向にいくのか、わかりにくい」と飯沢さんが言えば、藤本さんが「独特の世界感を持っている人。作家性のある人だが、作品に今の時代性がない」と辛口な意見。石内さんも「今の気分がないわね。このままでは懐かしいだけで終わってしまう」と続き、鈴木さんは「もっと今自分が興味のあることを表現してみては。それを見てみたい」とアドバイスも。
古川さんの作品について。
鈴木さんが「展示作品にはドキドキ感は出ていなかったが、ポートフォリオは良かった」と評価すれば、藤本さんは「どんな切り口で見て良いのかわからなかった」と理解に苦しむ。一方、「考え方はわりと明快にわかった。好きな写真」とは大迫さん。石内さんも「視線が強いというのは良いこと。もっとどんどん撮っていってほしい」と期待を寄せる。
山崎さんの作品について。
飯沢さんが「障子を使用して冒険した展示は良いと思う」と言えば、藤本さんは「障子がじゃまして写真に入り込めなかった」と困惑気味。石内さんも「障子の印象が強くて本人が伝えたい意図が伝わってこなかった」と展示に苦言。「カテゴライズしにくい写真だが一枚一枚の印象は良い」とは鈴木さん。
仲宗根さんの作品について。
石内さんが「展示や写真は沖縄的だと思う。コンセプトもはっきりしているし、この先も見てみたい」と評価し、飯沢さんも「全体的におもしろい作品。撮り方も展示も素朴さがリアリティを出している」と好印象。鈴木さんは「個展がどうなるのか一番予想がつかないところが楽しみ」と個展プランも想定する。
目良さんの作品について。
藤本さんが「人物が象徴的な写真だが、今後どうなるのか」と言えば、鈴木さんは「クオリティ、完成度は高い写真。ただプレゼンテーションと作品が違う印象」と表現のギャップを指摘。石内さんは「全体的に硬い表現。でも、コマーシャル写真には良いかも」と別の可能性を示唆。
かんのさんの作品について。
飯沢さんが「一つ一つの写真が印象的。彼女の世界感がわかった」と評価すれば、藤本さんも「リラックスして見れる写真。この軽さが今の時代の空気感を感じる」と同じ意見。石内さんも「写真も展示も自由で、気持ち良いテイスト。おもしろい写真」と好印象。
正岡さんの作品について。
石内さんが「女っぽい写真。未完成な感じが魅力だが、全体的に力不足」と言えば、飯沢さんが「モノクロ写真がもつ永遠性という良さがある。一方で今の空気感がないとも思う」とチャレンジを促す。鈴木さんは「撮影してから写真を選ぶまでに時間が経ってしまった印象がある」と独特の表現で空気感を指摘。
阪本さんの作品について。
石内さんが「一番おもしろい展示だった。これだけバラバラで統一感がないところが、この人の良さだと思う」とノリの良さに触れると、鈴木さんも「写真も展示も忙しい印象。でも、それがおもしろいと思った」とほぼ同じ意見。「展示は今っぽくておもしろかった。ストリートカルチャーの気分を感じた」と藤本さんは好印象。飯沢さんも「大阪という街のエネルギーを感じる。コミュニケーションが成立している展示だと思う」とその勢いを絶賛。
「一番展示がむずかしそうだから個展を見てみたい」
出品者全員にたいする意見交換が終わり、
ここで各審査員にグランプリ候補3名を投票してもらった。結果は以下の通り。
飯沢/林田 仲宗根 かんの
石内/亀 仲宗根 かんの
鈴木/林田 亀 仲宗根
藤本/林田 かんの 阪本
大迫/亀 奥山 古川
これを集計すると、
林田/3票 亀/3票 仲宗根/3票 かんの/3票 奥山/1票 古川/1票 阪本/1票
林田さん、亀さん、仲宗根さん、かんのさんの4人が3票で並び、グランプリ候補はこの4名に絞られる。ここで大迫さんが各審査員に応援演説を呼びかけた。まず、飯沢さんが「この中で僕の1番は林田さん。すべてに隙がない。さすがだと思った」と林田さんを強く推せば、石内さんが「亀さんは非常にプライベートなテーマで苦しい作業をしながらこの写真に出会ったという事実が素晴らしい」と亀さんを推す。すると飯沢さんが「亀さんはポートフォリオで表現が完成してしまっていると思う。個展でそれを超えるのはむずかしいのでは」と反論すると、すかさず大迫さんが「ポートフォリオはまだ完結していないと思う。個展で再整理するのは可能なのでは」と亀さんを擁護。鈴木さんも「亀さんの作品は一番展示がむずかしそうだからこそ個展を見
てみたい。今回一番気持ちが振れた彼女に挑戦させてあげたい」と亀さん派。藤本さんは「ギャラリストとして見ると、林田さんの写真は売れる作品だと思う。イチ押しは林田さん」とこちらは林田さん派。3対2となって亀さんが一歩リード。ここで、3票獲得した4人のうち、実質林田さんと亀さんの2名に絞られた。飯沢さんが「今回の亀さんの作品が素晴らしいのは認める。しかし、ポートフォリオがあまりにも完成されているので、このワンテーマでまた個展を開くのはむずかしい。それに比べて林田さんは、まだ潜在的な可能性が残っていると思う」と食い下がる。続けて石内さんが「林田さんの写真は好き。非常に完成度も高い。だから個展を見る必要性は感じない」と亀さんを援護。ここで飯沢さんが「完成度の高い人はこれまでの『ひとつぼ展』では実は選ばれていない。そこにフラストレーションがたまってしまう」と言えば、「それは私には関係ない、ゲスト審査員だから」と石内さん。「ごもっとも」と飯沢さんが認めながらも「可能性にかけるのもいいけど、完成度の高いものを選ぶ場でもあってほしい」とあきらめきれない。ここで飯沢さんが、鈴木さんに翻意を促すも、鈴木さんの意思は変わらない様子。各審査員の意見を聞いたところで大迫さんが「亀さんを3人が支持、林田さんを2人が支持、心変わりされた人はいませんか」と再度呼びかけるも、そのまま票は動かない。本来なら、ここで決選投票になるはずだが、すでに審査員の気持ちに変化がないと読んだ大迫さんが、意を決して「では、3人が支持する亀さんをグランプリに決定します。一年後に今の作品をまとめ直して、素晴らしい個展を見せてください」と高らかに宣言。会場から割れんばかりの拍手が送られた。グランプリに輝いた亀さんが「いろいろとありがとうございました。すごく個人的なテーマがみなさんに伝わってうれしいです。個展もがんばります」と挨拶して、公開二次審査会は終了した。
「どういう個展にするかが問われている」
まだ興奮醒めやらぬ審査会の直後、見事グランプリに輝いた亀さんに聞いた。「びっくりしました。自信? ありませんでした。それより今は審査員の方たちに課題をいただいたようで、不安でいっぱいです。どういう個展にするかが問われていると思います。鈴木さんや藤本さんに『泣きそうになった』と言ってもらったのがうれしかった。がんばります」と受賞の喜びよりも、気持ちはすでに一年後の個展に向かっている。3票を獲得した仲宗根さんは「プレゼンテーションは思い通りできました。票が入ってよかったです。ひょっとしてグランプリにいけるかなと思ったけど、甘くありませんでした」と満足そうに答えてくれる。同じく3票を獲得したかんのさんは「自分の中では納得のいく展示ができました。みんなおもしろい展示で刺激になりました。しかし、審査の流れは読めないですね」とちょっぴり残念そうに答える。そして、1票を獲得した奥山さんは「高校入試以来、疲れました。作品を日本で発表したのは初めて。良い反応が得られてよかったです。母親も喜んでいます」と自分の方向性をつかんだ様子。1票を獲得した古川さんは「この1票で、また今後もがんばろうと思えました。良い言葉をたくさんいただいて、出品して良かった。またチャレンジします」と笑顔で答えてくれた。1票を獲得した阪本さんは「公開審査会はおもしろかったです。藤本さんに『びっくりした』と言ってもらってうれしかった」と元気いっぱいに答えてくれた。山崎さんは「一般の人に写真に親しんでもらえるようにと障子を使った展示にしたが、自分が思ったことが伝えられなかった。もっと考えたい」と結果を受けとめて反省しきり。目良さんは「楽しかったです。鈴木さんに『好きな写真』と言われて、伝わったと思いました。次に活かしたいです」と悔しそうな表情も前を見据える。正岡さんは「展示は思い通りに出来ました。審査会ではいろんな意見を聞けてよかったです。春に東京に出てきて心細かったが、ガーディアン・ガーデンの人たちに会えてうれしかった」とインタビュー中に涙があふれてくる。最後に、グランプリ候補として2人の審査員に推されたが惜しくも次点となった林田さんに聞いた。「もう審査会の時は早く決めてほしいという気持ちで、ドキドキしていました。今までは観客席で見ているだけでしたが、今回、審査される側になって新鮮でした。結果は残念でしたが、私の存在を知ってもらえたら次につながると思います。また同じ場所に写真を撮りに行きます」グランプリを逃したばかりの林田さんだが、すでに次の撮影地点を見つめている。さて、過去を掘り下げることから生まれたテーマでグランプリを獲得した亀さん。きわめてプライベートな写真が過去と未来を貫き、一年後の個展で集大成を見せようとしている。
<文中一部敬称略 取材・文/田尻英二>